15年別居してる父に「なぜ喧嘩ばかりしてたの」と聞いたら衝撃の回答で人生変わった話

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こんにちは。かけちです。

 

今回は、かんっっっぜんにプライベートな話です。

ただ、僕の一番根幹にある「トラウマ」を克服したかもという話でもあります。

 

 

僕が人生単位で悩んでいた
心のどす黒いもやもやが少しだけ
ほどけた感じがした。

 

もし、そういう

・心の黒い部分で自分を嫌いになっている

・黒い部分があって行動にブレーキがかかる

 

という人がいたらぜひ読んでみてください。

 

ちなみにこの記事を読んでから見てもらった方がいいです。

続きなので。

懇親会に参加して。無双状態に入る方法を教えてもらいました。

 

 

今まで自分のトラウマだった部分が少し解決して、

人生が少し明るくなりました。

 

でもかなり衝撃的で、

なんでこんなことに悩んでいたんだろうと笑えてきました。

 

結論として、

幼少期のトラウマをぶっ壊すと覚醒するかも。

っていう話をしたいと思います。

 

 

幼少期のトラウマを払拭するべく、

父に電話を先日かけたのですが、、、

そこに至るまでの簡単に流れを書きますね。

 

 

僕は、

「自分には価値がない」

と心の奥底で思って生きてきました。

 

これは過去の僕の行動を全部振り返ってみたら、
共通して感じていた感情でした。

 

 

そしてそれを感じるようになった
一番根幹のトラウマを遡ってみると

「両親の喧嘩」が原因だろうと確信してます。

 

しょうもない理由で両親が喧嘩を始め、

 

怒鳴り合い、

モノは投げまくり、

ガラスに物が当たってガシャーンと響き渡る、

壁を蹴って穴が開く、

ドアはバカでかい音を立てて閉める、

 

しまいにはおじいちゃんとおばあちゃんが出てきて止めに入るけど、

おばあちゃんに対してキレ散らかし、

おじいちゃんがいよいよキレて怒鳴り、

おばあちゃんもキレている、

父はドアを思い切り閉めて家を出ていく、

 

 

少なくとも当時小学生の僕にとっては地獄でした。

 

 

そこから喧嘩が怖いというのもそうだし、

人の顔色ばかり伺うようになったし、

嫌われるのが怖くビクビクするようになった。

 

だけど、

一番はその喧嘩を止められなかったというのが

僕の中で「自分は無価値な人間だ」と思うようになった根本のきっかけだったように思う。

 

これはここ最近の自己分析です。

 

 

でもどうすればいいかよくわからない。

色々試してはみたしいろんな挑戦してそれなりに充実した人生を送ってきたけど、やっぱり根底の黒いモヤは消えることはありませんでした。

 

そんな時です。

以前からお世話になっていた、
億稼ぐ経営者の方の懇親会が開かれる

ということで参加させていただきました。

 

状況こそ全然違うものの、

僕と似たような感情を持っていらっしゃったとのことなんですが、

それが全部解決して覚醒した出来事があったと。

 

それが父親とのハグだったそうです。

 

 

 

と、いうわけで、

本題になるんですが、

僕のこのトラウマを解決するべく僕も父と話をしようと決めました。

 

離れていたので電話をすることに。

その電話で僕は衝撃的なことを聞くことになります。

 

 

まあそれなりに父と仲は良く
たまーに会ったりもしていたのですが、

この”幼少期の喧嘩に関する話”はこの15年ほどかな?

一度もしたことがありませんでした。

 

正直めっちゃ緊張しましたね。

怖かったです。

これでさらに黒いモヤが大きくなるかもしれないし。

 

 

こういう時は先に言っておくのがいい。笑

「ちょっと話したいことがある。素直に話せるかわからないけど」

とだけ伝えておきました。

 

てなわけで電話をしました。

最初は世間話をしつつ、いざ本題に。

 

まず自分が今、

人間関係で悩んでいたり、

仕事でこんなことに悩んでいたり、

ここまでの人生でこんなことを感じながら生きてきたと、

あまりしなかった自分の悩みを話しました。

 

そして、

その原因が幼少期のトラウマにあるかもしれないと思っている。

あの時の喧嘩の記憶が今でも頭から離れない。

今でも「ガシャーン」というデカい音が苦手。

 

あの時自分が喧嘩を止められなかったのをすごく悔いている。

喧嘩を止められなかった自分に対して「価値のない人間だ」と思うようになってしまった。

 

というのを素直に全て話しました。

 

 

父は口数は少ない方なのですが、
いつもに増して口数が少なく、

ひたすらうんうんと聞いてくれていました。

 

そして一通り話終わり
父が口を開くと、

「俺も毎日あのときのことを後悔している。」

「ずっと謝りたいと思っていた。」

 

と絞り出すように
小さくも力強い声色で伝えてくれました。

 

 

「素直にいうと、あの時自分は居場所がないように感じていた。」

「一番俺が衝撃的だったのは、おかんが”息子も帰ってきて欲しくないって私に言ってたよ”と言われたことだった」

と父が口にしました。

 

おいおい。

俺はそんなこと言った覚えないぞw

おかんひでえこと言うなw

 

とその時は正直むかつきましたが、それもちゃんと父に伝えたら少し安心した声になりました。

 

 

こんなことも話しました。

「そういえば、3人で出かけて楽しかった思い出よりも、喧嘩を見てた思い出の数の方が多い」と。

父も「俺も」と。

 

 

「どうしてあんなに喧嘩してたの?」と僕が聞くと、

「今ならしないんだけど、あの時は俺も若かった。仕事頑張って早く家に帰ってブツブツ言われたらどうしてもムカついて怒鳴ってしまった。」と。

 

 

僕は、父と母を学生時代は特に全く尊敬できなかった。

早く家を出たくてしょうがなかった。

 

ということも伝えました。

 

父も僕が大学で上京したのを
「きっとそういう理由だろうな」
と思っていたと話していた。

 

 

話はどんどん深くなり、

「どうして二人はいまだに離婚をしてないの?」

と聞いてみた。

 

そう。あれから15年くらい経つけどまだ夫婦なのだ。

 

「なんか俺も離婚されるんだろうなと思ってたけど、そういう話が出てこなかったんだよね」

と父は答えつつも、
何か言いたげな様子な父に、

「どうしたの?」と僕が聞くと、

 

父は衝撃的な言葉を放った。

 

 

 

 

「俺はまだあの時から気持ちは変わってない。本当はまた3人で暮らしたいんだ。」

 

 

 

 

僕は最初本当に言っている意味がわからなかった。

3秒くらいしてその言葉の意味を理解し、思わず涙が出そうになった。

信じられないでしょ。

 

でもその言葉を聞いた瞬間に、僕は心の黒いモヤがほどけた感じがしたんだよね。

 

 

そんな喧嘩もしてたのに、

こんな15年も経ってるのに、

ずっと別居してるのに、

夫婦の業務連絡をLINEで敬語でしているのに、

まだ好きやったん??

 

 

それ聞いたら「中学生かの恋愛かよw」と思った。

「どうしようもねえなw」と笑えてきた。

 

 

こんなに悩んでた俺の気持ちなんやったん

でもなんかかわいいな

親もただ不器用なだけで完璧な人間なんかじゃないんだな

なんで自分はこんなことで悩んでたんだ

 

そんな風に自然と思えたんですよね。

 

 

ふと母にも聞いたことがあって、

母も別に嫌いになったわけじゃない
と言っていたのも思い出した。

 

 

両思いかよ。

素直になれよ。

15年も何してんだよ。

ほんとしょうがねえなw

 

と思った。

 

 

僕は父に言った。

「もー、ガキかよしょうがねえなーーー、セッティングしてあげるよw」

と。

 

 

ということで、

今度は母にこの話をしてみた上で、

母も同じ気持ちなのであればセッティングしようと決めました。

 

なんかもうすでに、

僕が20年以上悩んでいたことが綺麗に消えた気もするんだけど、

3人でハグをしたら完全に消えるのではないか。

そう思いました。

 

 

壁にぶち当たった時に納得するまでやり抜くという意思

 

これはあらゆることに共通すると思います。

 

何か問題が起きた。

課題が見えた。

立ち向かうべきことが起きた。

 

そんな状況の時に、

それを絶対に解決とは言わなくとも、納得するまでやり抜くことができるかどうか。

 

これがすごい大事だと学んだ。

正直僕もこの問題はまだ途中です。

ここでやめたらまた同じ結果だと思います。

 

でも、少なくともこの一歩は僕の中ではとてつもなくデカく、

見て見ぬふりをしていたら得られない世界だった。

 

 

簡単なようで凄い難しいと思うんだよね。

特にこういう根本的な根深い問題に直面する時って。

でも、そこにとてつもなく人生が明るくなるヒントがある。

そう思えた体験だった。

 

 

僕は自分には価値がないと思って生きてきた。

だから、常に価値があることをしないと自分の存在意義を保てなかった。

これまでの人生の行動パターンは全てこれだった。

それが原動力になっていた。

 

逆に、自分に価値がないと実感するとひどく落ち込んだ。

全く動けなくなる。

そんな自分を見せることもできず塞ぎ込む。

 

いろんな経験をして自分は成功者だと感じた時もあったけど、それは一時的なものだった。

人に価値がないと思われたくなくて、素の自分を出すのをひどく拒んだ。

必要以上に自分を強く見せたり。

 

結果的に印象を持たれないか、人が離れていくことも多かった。

結構やべーやつです。

 

 

当然、このままでいたらいい

というわけではなく、

自分を強くするためにもっとやることはたくさんあるんだけど、

 

別にそのままの自分でもよくね?

価値があることしないと生きてる意味ないと思ってたけどそんなことなくね?

価値のない人間なんていなくね?

生きてるだけで価値あるくね?

 

そう思えるようになった。

 

もっと楽しく生きよう。

心が軽くなった。

きっとこの先はいい人生になりそうだな。

 

 

という感じで

壁にぶち当たった時に納得するまでやり抜くという意思

って大事だし、

 

今起きている問題はもっと根本的なところにあるんだよ

ということを学びました。

 

また後日談も書くのでぜひブログ楽しみにしておいてください。

感想くれると嬉しいす。

 

おわり。

 

P.S

60歳手前の父も人生明るくなったと言ってたので、人生を変えるのに年齢は関係なさそうです。

 

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